マイブラ狂想曲:My Bloody Valentine@東京国際フォーラム

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22年間見続けていた夢から覚めた。今まさにマイブラが目の前で演奏している…。

 

22年前、前作『Loveless』が発表されたときはまだ大学生だった。と言っても授業にはあまり、というかほとんど出席せずにバイトばかりしていた。大学のクラスメートは敵のように感じていたし、インターネットもツイッターもなかった時代にマイブラを“理解”しているのは世界で唯一オレだけなんじゃないかと思っていた。いや、この作品がどれほどの意味を持っているのか、いかに特別なアルバムなのか、“理解”などしていなかったと思う。ただただ、オレはアルバムの音に埋もれて日々をやり過ごしていただけだ。

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幾層にも重ねられたフィードバック・ギター、激しいドラムビート、浮遊感に漂うメロディ、囁くヴォーカル。「When You Sleep」のギターが流れ、こぼれる落ちるようにヴォーカルが響くときの至福!! 「Blown a  Wish」から「What You Want」へ、そしてクロージングの「Soon」への流れ。そのあまりにも美しい官能的な響きに陶酔しきっていた。まさに麻薬…。しかし、彼らはオレをシャブ漬にしたまま目の前からいなくなってしまう。

それっきり、Lovelessのような至高のエクスタシーに遭遇したことはない。あの陶酔を求めて22年間未だに彷徨い続けている。Loveless以上の作品を生み出せないから彼らは活動休止状態に陥ったのか。それとも彼らが休止したからLovelessが金字塔となったのか…。ないものねだり? 22年間という歳月を賭してケヴィン・シールズは新作への期待値のハードルを無駄に上げてしまった!

 

20132月、22年振りにマイブラは新作『mbv』を発表する。新作が聞ける喜びよりも怖さの方が強かった。「かつてのようにはならないだろう」となんとなく予想していたから。事実、そうはならなかった。作品はマイブラ・サウンドの残滓をドラムン・ベースで薄めたようなもの(ちょっと辛口すぎる?)。名の知れぬどこかのバンドの作品としてなら楽しむことはできても、Lovelessに犯された身に『mbv』は症状を緩和させるために調合された疑似薬に過ぎない。ケヴィン・シールズは何かのインタビューではっきりと「もう一枚Lovelessを作ろうと思えば作れたが、そうはしなかった」と言っている。はたしてそうだろうか。Lovelessは作ろうと思ってできるアルバムじゃない。

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Lovelessの魔法はあのサウンドとメロディとアトモスフェアといったすべてが奇跡的に化学変化を起こして生まれたものである。ひとつでも要素が欠けてしまえば、あるいはちょっとでも分量を誤れば、あるいはひとつでも組み合わせが狂ったら魔法は生まれないことをオレは悟った。

魔法は…もう…そこにはない。

それでもオレの中では、まだマイブラ神話の幕は開いたままだ。だって、生マイブラをこの目で見ていない、この耳で聞いてないんだもの…(Loveless発売前に来日したクラブチッタ川崎は見ていない。その後、武道館公演が企画されチケットも入手したのに中止になった!!)。

 

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930日。国際フォーラム。新作を携えての来日も今年すでに三度目となる。最初の単独公演とフジロックへの参加。いくら国際フォーラムでのスペシャル・コンサートと言えども、都市伝説の様相を呈していた神話性はもうないだろう。

席は二階の正面真中あたり。おもむろに登場したメンバー。どんなに目を凝らしてもメンバーの姿は豆粒くらいにしか見えない。目立つのは高く積み上げられたギター・アンプだけ。ステージまでの遠さにまだ現実感を抱けない中、一曲目が鳴り響く。

ぶっといギターのディストーションの上に乗る軽やかなアコギっぽいギターのカッティング、テープスピードを落としたような不安定な音程。それよりもフワフワとしたシールズのヴォーカルとビリンダのコーラス。「Sometimes」だ。当時の感傷が蘇る。移ろいやすさ、せつなさ、不安定感、モラトリアム、逃避、孤独と勘違いしていた誇大自意識が共振する。オレは一瞬で昇天した。

続く「I Only Said」一曲目よりもさらに激しいディストーションで音程が不安定になったメロディ。その漂うような音にユラユラと身を委ねる。そして3曲目が「When You Sleep」。ああぁぁぁぁ! マイブラの中でも最高にキャッチーな曲。ビーチ・ボーイズを髣髴とさせるR&Rのリズムとメロディにコーラス/ハーモニー(実はこれこそがマイブラの核だと思う)。そこにシューゲイザーの代名詞とも言えるフィードバック・ノイズの融合。今まさに目の前でマイブラが演奏している!

オープニングの3曲が続けて『Loveless』から演奏されたのは狙いがあったのだろうか? そこはわからないけど、オレは完全にこの3曲でやられてしまったよ。もしこれが新作『mbv』からの曲だったら、こんな興奮も感動もなかったと思うけど…。

 

落ち着きを取り戻しやや冷静になって音に耳を傾ける。なるほど、今回はドミューンがプロデュースしサウンド・エンジニアの浅田泰が音響デザインを手がけたということで、これだけの轟音にもかかわらず音はクリアだ(それは前座の相対性理論のステージですでに気づいていた)。とは言え、激しいギターのディストーションの音圧に潰されてメロディがはっきりと聞こえないところが多々あるのも否めない。それでも焼きついた記憶を頼りにメロディを追っていく。この点はある程度予想していた。なぜなら、当時のライヴを見た友人が同じようなことを言っていたし、今年のフジロックでのステージの音はかなりショボかったという噂も耳にしている。これまでに残された過去のライヴ映像を見ても、そこにはアルバムの耽美的なメロディが凶暴な轟音にかき消されたものが大半だ。人生最初のマイブラ体験が今回の国際フォーラムであったことは、オレにとってある意味幸運だったかもしれない(ちなみに入り口で配られた耳栓はまったく必要なかった)。

圧巻だったのはやはりラストの「You Made Me Realise」だろう。録音作品ではわずか40秒のブレイクビーツ(「ホロコースト・セクション」と呼ばれているらしい)が、ライヴでは約30分間に引き伸ばされる。このサウンドを構築するためにこのコンサートは企画されたと言ってもいいほど。ビリビリと空気を震わせ、その振動がボディー・スピーカーのように直接皮膚を、肉を、骨を、脳を、延髄を刺激する。そう、あの瞬間がまたやってくる。思考なんぞ放り投げ、轟音シャワーの刺激に恍惚とする。すべてを忘れ、音とリズムとメロディに耽っているだけで幸福になれた。これだよ、これ! このエクスタシーだ。オレが22年間欲し続けていたのは!!

 

Lovelessの日本盤に冠せられた邦題は確か『愛なき世界』だった。なかなかいいタイトルだと思う。だって、あのアルバムはまさに、愛を求めれば求めるほど孤独に苛まされるという、「愛への希求」を逆説的に表した作品だったからな。しかし今や…禿げたオッサンに自意識も青臭い感情もない。ましてやロマンスなど…。当時Lovelessが意味したものはオレの中では変化した。あるいは失われた。でも…あの音だけは、あの狂暴で不遜な音だけはまったく変わらずにオレの脳髄を震わせてくれるのだった。

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