右京さんはかつて鋭利な刃物だった:『青春の殺人者』@ラピュタ阿佐ヶ谷

四月某日

ずっと見たかった映画を劇場で見る。特集「AVANTGARDE百花繚乱 挑発:ATGの時代」のラインナップのひとつ、1976年に公開された『青春の殺人者』(監督:長谷川和彦)。ATGとは「大手映画会社とは一線を画す芸術映画や実験的作品の配給、また独立プロダクションと提携しての製作など、日本映画界に大きな痕跡を残した日本アート・シアター・ギルド(劇場サイトの紹介文引用)」のことである。

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いい映画だ。見終わった後、感情を揺さぶる、かき乱すのがいい映画、と常々思っているのだが、この映画は間違いなくそうした映画のひとつであった。それだけ に語りたいことも山ほどあって、まだ自分の中では完全に消化できないところもあるけれど、覚書として思ったことを片端から挙げていこう。

オープニングがやたらとカッコいい。雨の中、傘をさして街を歩くだけなのだが、すごく自然。舞台となった千葉県市原の町並み、70年 代の風景、夏の空気などが鮮やかに映し出されている。またそれはオープニングだけでなく、他のシーンでも何度か垣間見られる。バイパス道路、街道沿いのス ナック、タイヤ修理屋、コンビナート、成田闘争、機動隊、暴走族(ブラック・エンペラー?)、そして地元の夏祭り。振り返って思えば、このオープニングの 映像、その格好と仕草だけで主人公のナイーヴさと危うさのすべてを表しているようにも思える。ちなみにこのシーンに限らずほぼ全篇ロケ撮影らしい。

この映画の最大の見せ場とも言える母親との口論~殺害のシーンは無駄に(とオレは

思 う)長い。市原悦子のいかにも舞台女優っぽい、内面を吐露する純文学的台詞の不自然さもいただけない。が、しかし見方を変えればそこだけが妙に芝居がかっ ていて、常軌を逸した非日常として分断されている。上に述べた自然な街の風景と対象的に見るととてもシュール。殺人シーンの猟奇的なグロさ、流れる血の大 量さに目を覆う。そして死体の横に転がるキャベツ! 映像にもシュールさが表れている。

原田美枝子のまぶしい姿態(なんと当時17歳!!)が圧倒的な存在感。天真爛漫な少女と男を翻弄する悪女が同居している。演じているのか、天性のものなのか? 完全に目を奪われた。

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もうひとつ見逃せないのがゴダイゴ(厳密に言うと、当時はタケカワユキヒデミッキー吉野グループとのコラボだった)によるサウンドトラック。子供の頃に『西遊記』や『銀河鉄道999』を見た世代のオレは彼らの曲をずいぶん聞いたけど、当然、この映画の存在を知らなかったし、これらの歌の存在も知らなかったな。『西遊記』や『銀河鉄道999』 等のヒット曲を生む以前、デビュー・アルバムの曲がこの映画のサントラをとして起用されている。オープニングの切なく儚い曲や、エンディングの懐かしく甘 い曲など、凄惨な事件と破滅的な運命が繰り広げられるバックに流れるこうした瑞々しいポップ・チューンが、どうしようもないやるせなさと人生の不条理を際 立たせている。

さ て、殺人事件は衝動的に引き起こされた。確かに劇中で母親は受験のことやエリートの生活を妄想しているし、主人公はそのレールから外れた劣等感を抱いてい る。また親の過剰な愛から逃れたがってもいるようだ。しかし、そのどれもが殺人の決定的な理由にはなりえない。明確な理由のないカフカ的不条理。この映画 は金属バット殺人事件を 予見したとも言われている。日本の伝統的社会制度と価値観の崩壊が始まったのがこの時代だったのだろうか。この数年後、同じように時代を予見した『十階の モスキート』を連想せずにはいられない。情況は異なるけれど、あの映画もやはり時代の変化の中で社会からはじき出されてしまった人を描いている。また、や はり千葉県の、市原に近い君津市が舞台となっていることは単なる偶然とは思えない。

以上ツラツラと思いついたままの感想を書き留めてきたが、そもそもなぜこの映画を見たかったか? それは監督長谷川和彦が事ある毎に伝説として語られるからだ。デビュー作でいきなりその年のキネマ旬報の年間ベストに選ばれ、1979年に公開された次作『太陽を盗んだ男』でもキネマ旬報第二位にランクされ、将来有望な若手監督の筆頭であったにもかかわらず、『太陽を盗んだ男』を最後に35年間映画作品は一本も撮っていない。『太陽を盗んだ男』は昨年劇場で見た。最高のエンターテイメント映画で監督の手腕に痺れた。その希代の天才監督が生涯でたった二本の作品しか残していないのである。残りの一本を見ないわけにはいかない。実は数年前にもATG映 画特集が開催(@シネマート六本木)されたことがある。その際、頻繁に通ってその多くを鑑賞したことで日本映画の面白さに開眼したのだが、惜しくもこの名 作、かつ問題作『青春の殺人者』は見逃した(たぶんその時はこの映画の価値を十分わかってなかったのだと思う)。そのせいもあって、どうしても見たいとい う欲求がますます高まっていたのだった(笑)。

どうしても見たかったもうひとつの大きな理由は、やはり主演の水谷豊にある。彼の若かりし頃の演技が見たい。今や『相棒』の右京さんとしてお茶の間の人気者となっている彼だが、オレにとってはTVド ラマ『熱中時代』の印象が強い(と言うか、今はテレビをまったく見ないので右京さんのことはよく知らない)のだけれど、その一方で『熱中時代』が人気ドラ マになっていた真最中、あの『探偵物語』にゲスト出演した回があったのだ(ちなみに故松田勇作と水谷とは親友関係にあった)。そこで見せた彼の役柄は『熱 中時代』の真面目で優しい熱血教師とはまったく異なり、うらぶれた切ない青年の役を演じていて衝撃を受けたものだ。その印象が強烈に残っている。もうひと つ上の世代ならば、TVドラマ『傷だらけの天使』での純粋な不良少年、亨としての方が馴染があるかもしれない。こちらの方が『青春の殺人者』の役に近いと 言えるかな。さらに調べたら『太陽にほえろ!』の第一回目にも犯人役で出演していたりもする。そう、『熱中時代』でスター俳優になった彼ではあるけれど、 松田勇作と同様のアウトロー的資質を携えていた。それは右京さんとして人気を博す今も根底には生きづいてるんじゃないだろうか? この映画で見せるまさに ナイフのような水谷の鋭さ、危険さを見ながらそんなことも考えている。