エキゾチック・スロウコア:『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』@キネカ大森

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五月某日

今さらながら見てきた。音楽のために作られたギャグ映画だった。吸血鬼を完全に小馬鹿にしたパロディ。大爆笑とはいかない が、クスッとさせるところはある。アダムとイヴなんてベタ過ぎるぜ。名女優ティルダ・スウィントントム・ヒドルストンが気取って演じてるところがなおさ らおかしい。その一方で皮肉たっぷりに現代社会を批判、ってのがこの映画の概要。宣伝にあるような「世紀の大恋愛」ではまったくない。 それより何より・・・断言するけど、主人公の吸血鬼アダムをミュージシャンって設定にしたのは、ジャームッシュが好きな音楽を作りたかったからだろ! とにかく音楽が最高にカッコ良い。

これまでにもジャームッシュ作品では音楽が大きな役割を演じてきた。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』 でのラウンジ・リザーズ、『ダウン・バイ・ロー』のトム・ウェイツ、『デッド・マン』のニール・ヤング、そのニール・ヤング&クレイジー・ホーシズそのも のを追った『イヤー・オブ・ザ・ホース』。そしてこの映画では“役割”どころか、とうとう音楽そのものが主役を演じてしまったな(笑)。役者もストーリー も設定も舞台もすべて脇役。このプロダクションでこのキャストでこんな映画作るなんて、すげぇ贅沢。

音楽を担当したのはヨセフ・ヴァン・ ヴィッセム。現代音楽家にして中世ヨーロッパの古楽器リュート演奏家でもあるこのオランダ人こそジャームッシュの音楽ユニットのパートナーを務めた人である。上に述べた通り音楽への愛と造詣の深さを作品の中で披露していたジャームッシュは、2012年にヨセフ・ヴァン・ヴィッセム&ジム・ジャームッ シュ名義でアルバムをリリース、ついにミュージシャンとして本格デビューを果たし(厳密には30年ほど前にも音楽活動はしていたようだが・・・)、このユ ニットで二枚のアルバムを録音&発表している(ちなみに二枚目には映画のヒロイン、ティルダ・スウィントンが朗読で参加している。音楽でのコラボレーショ ンと映画出演とはどちらが先だったのだろう?)。そんな彼らの音楽が、玄人をも唸らせるような素晴らしさなのだ。リュートによる哀愁漂う旋律が緩いテンポ で進みながらギターのフィードバック・ドローンと共鳴する。ミニマルながら独特の揺らぎによって描かれる音像。伝統と現代の見事な融合。ジャームッシュの 音楽センスがいいのはわかってたけど、作曲家&プレイヤーとしてもこれほど素晴らしいとは!! 聞いた瞬間に彼らの音色、音像に惚れこんだ。

で、 そのかつての朋友、というかジャームッシュを本格的な音楽活動に向かわせた張本人を音楽監督に招き、一方ジャームッシュは新たにSQÜRLという三 人組のバンドを結成して今作のサントラに参加した。SQÜRLの曲は感触、雰囲気とも前身のヨセフ・ヴァン・ヴィッセム&ジム・ジャームッシュとそうかけ 離れてはいない。一方のヨセフ・ヴァン・ヴィッセムは本来専門である伝統音楽や民族音楽を存分に取り入れたスコアで本領発揮。このサントラを形容するなら まさに“エキゾチック・スロウコア”。ヨセフ・ヴァン・ヴィッセム&ジム・ジャームッシュ名義の作品よりもさらに良い。曲に映像が貼りついてるせいもあるだろうけど、ヨセフ・ヴァン・ヴィッセム&ジム・ジャームッシュでは抽象的で茫洋としていた楽曲(それはそれでいい味だし意図的にそうしてたのだと思うけ ど)の輪郭がはっきりして叙情性と官能性が加わった。

ヴィッセムとジャームッシュのふたりが「このシーンにはこんな音楽が合うんじゃないか」あるいは「この音楽のためにこんなシーンを撮影しよう」なんて、ヒソヒソ と企んでる姿が目に浮かぶ。タンジールの街の細い路地をすり抜けるように歩くイヴ。血を飲んで恍惚とするアダム。人気のないデトロイトの街をドライヴする アダムとイヴのふたり。ジャームッシュ作品でオレが好きなところのひとつは独特のゆるいテンポ。この映画もなかなかにゆるいテンポで進む。ただし、もし彼 らの音楽がなければ、これらはなんと退屈で陳腐な映像になっていたことだろう。

音楽の印象ばかりが強くて、正直、映画を見るというより音楽 を聞きに行ったみたいだ。でも、オレはそれで十分満足。なぜかって、常々「映画」って形式に囚われすぎてると思ってるから。こんな映画があっても良い。ってか、映画的にそんな逸脱してるわけじゃないんだけど・・・こうした監督の自分勝手な偏執偏愛映画好きだぜ。

 

追記:

こ の映画を見た数週間後にアメリカの伝説的インディー・バンド、アース(Earth)の来日公演(これについても近々記事書く予定)に行ったのだが、彼らが ヨセフ・ヴァン・ヴィッセム&ジム・ジャームッシュに似ていることに気づいた。そして「オンリー・ラヴァーズ~」のサントラで聞かれるあのゆるいテンポも そっくりだ。そこから発想をめぐらせて他にもこんな音楽ないかなと考えてみたら、ダーティー・スリーもこの系統なのかなと…。フィードバック・ドローンの 揺らぎと気だるく憂いのある(哀愁とはちょっと違うかも)旋律。どれも大好きな音なんだよね。わかってくれる人いるかな?