神楽坂二人会夜席@牛込箪笥区民ホール

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七月某日

神楽坂近くに住んでいる。通勤途中に坂を上り下りし、散歩や買い物に行くだけでなく、飲み歩くことも多い。この街の魅力はいろいろあるけど、最大の魅力はやはり今も残る江戸風情だろう。少なくともオレはそこが気に入っている。花街として賑わっていた時代もあり街のここそこにはその雰囲気が残っている。戦前にはまだ寄席の定席もいくつかあったらしい。そうした名残からか、あるいは江戸風情のせいか、この界隈では落語会が頻繁に開かれている。オレが知っている限りでも、赤城神社毘沙門天、居酒屋竹子などが定期的に、その他にもカフェやレストラン、料亭などが噺家を招いて会を催す、なんてこともよくある。
神楽坂二人会もそうした催しのひとつとして開かれた(主催:「神楽坂伝統芸能」実行委員会)? かどうかは知らないけど、粋な街で粋な落語を聞きたい。しかも、今回の顔付けの豪華さといったら…。昼席には古今亭菊之丞桃月庵白酒、夜席には入船亭扇辰と柳家三三。いずれ実力、人気ともに高い噺家たち。これは行くしかない。ってことで、夜席に行って来たよ。寄席はちょくちょく行くけど、ホールで見るのは久しぶり。寄席ではかからないような長い噺、珍しい噺が聞けるのもホールならではなので期待が膨らむ。


会場は区民センター内にあるホール。広さは鈴本演芸場くらいかな? 内装や座席はしっかりしているように見えたけど、終始外部の音(真下を走る地下鉄大江戸線の音や、練習でもしているのだろうか、延々と鳴り続ける謎の太鼓の音)が漏れ響いてて音響的にはイマイチ。ま、区民センターってことで、それはご愛嬌。人気の噺家の落語をこの値段でたっぷりと聞けるんだからね。
前座で登場したのは小かじ。三三の弟子だそうです。演目は『たらちね』。三三の弟子らしくキッチリと話す人という印象。修行中だから抑えているのか、まだまだ個性は感じられないけど、初々しさに好感。恥ずかしながら、サゲ(「よって件の如し」)が理解できなかった。後で調べて「ああ、なるほど!」と思いました。
続いて真打登場。扇辰による『一眼国』。「ミイラ捕りがミイラになる」みたいな噺。生では初めて聞く。前半は江戸時代随一の盛り場だった両国の見世物小屋あれこれを紹介しながら進む。軽技、曲芸、神楽の他、イカサマインチキで金をボる「もぎどり小屋」、客の好奇心を煽って客引きをする「あおりの店」等々。扇辰の上品な口調と所作が急に客引きのハッタリ口上や乱暴な江戸子庶民の会話に切り替わり一挙に物語の世界に引き込まれる。見世物小屋香具師が諸国行脚の六部から一ツ目の話を聞きだして、そいつを生け捕りに出かける。ここからが本題で俄然落語らしくなる。怪談噺ではないけれど、怪談の要素も含んでいて、その恐怖と緊張が噺を盛り上げる。クライマックスで香具師の恐怖と驚きの表情のディテイルをスローモーションで演じるなんて斬新!!
実は過去に扇辰の『団子坂奇談』を聞いて以来彼のファンになったのだが、この『一眼国』もゾッとするような怪談要素を所々に挟みながらもオチでは笑わすあたりは似ている。二段構えで登場人物も多く演じ分けが難しそうだけど、扇辰はこういう噺が得意だな。まさに怪演。
三三の一席目は『蜘蛛駕籠』。マクラが冴えていた。一席目の扇辰を引き合いに寄席のあれこれを毒を盛りつつ、また自虐的に紹介し笑いを呼ぶ。その勢いで噺に入ると、勢いを維持したままリズムに乗っていく。うん、この噺はリズムが大事。ハチャメチャな噺に時事ネタ(某県議の号泣記者会見)を織り交ぜながら、畳みかけるようなリズムと繰り返しで一気に聞かせ爆笑を巻き起こしていた。
中入り後に再び三三。おなじみの『かぼちゃ屋』。この日も暑かったけど、『かぼちゃ屋』は夏を代表するゆるい与太噺。ゆるいだけに噺家の個性や実力の差が出る? そう考えると、研ぎ澄まされた噺を得意にする三三向きじゃないかもしれない。個人的な印象を言うなら、三三の与太郎は無邪気さや微笑ましさよりも屁理屈と小憎らしさが目立つ。ま、その違いも含めて楽しめたけどね。それにしても三三の持ちネタは多い。彼の高座はかれこれ十回近くは聞いているけど、同じ演目を聞いたことない。
扇辰の二席目は『井戸の茶碗』。『かぼちゃ屋』と対照的にこちらは威勢よくて清々しい。ここでも扇辰の巧みさに目を見張る。厳格な武士―一方は落ち着いた老成の武士、もう一方が血気盛んな若武士―ふたり、その狭間で右往左往する屑屋の困惑ぶり。扇辰が緩急自在に演じ分ける。『一眼国』で庶民を演じていた扇辰が別人に見えたほど。それぞれのキャラが明確でわかりやすい。ちなみに、三三へのお返しとばかりに今度は扇辰が逆に『かぼちゃ屋』をネタに笑わせる場面もあったよ。


偶然かどうかはわからないが、今回の演目はどれも商いの噺。それぞれの噺の中に出てくる人物の思惑、人間の業と欲。人情がおもしろいのはもちろん、江戸の風習、風俗も勉強になった。神楽坂落語会らしく江戸風情を存分堪能させてもらって満足でした。今度は地元神楽坂の小さな落語会にもぜひ行ってみたいな。