マイブラが目指したその先へ:MOGWAI アルバム&ライヴ・レヴュー

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三月某日

モグワイがバンド結成から二十年を迎えたそうだ。あれから二十年も経ったのかと思うと感慨深いと同時に時の流れの早さに驚く。その間に色々なことがあったなぁ。英国での生活と本気の永住を考えたり、帰国後はフリーランスで執筆したり、就職したり、転職したり…。頭はすっかりハゲちまったし、腹も出た。と、個人的出来事はさておき…。オレがオッサンになったように今やモグワイのメンバーもすっかりオッサンなわけだけど、オッサンなりのカッコいいバンドに成長した。とくに昨年リリースされた「Rave Tapes」の素晴らしさ、完成度の高さには瞠目した。この二十年間で磨き上げた審美眼、センスが濃縮還元され詰められている。彼らは確実に新たな次元に足を踏み入れたようだ。結果として、アルバムはバンド史上初めて英国の総合チャートでトップ10入りを果たしたそうだが、この結果は「当然」とも言えるし「意外」とも言える。

 

話は二十年前にさかのぼるが…。モグワイはデビュー当時から大好きだった。ブリットポップ全盛の1997年当時、60年代懐古趣味、ややもすると国粋的にさえ思えるような浮かれたバンドばかり(ま、それはそれで中には好きなバンドもいたけど)が英国音楽シーンを席捲する中、「ブラーなんてクソ。俺たちはギター・サウンドを追及する」と啖呵切って、轟音インスト・ソングで勝負に出た彼らにオレは拍手喝采を送った。あまりにも好き過ぎて、まったくの無名だった彼らを訪ねてわざわざバンドの地元グラスゴーに取材に行ったほどだ。が、彼らのデビュー・アルバム「Young Team」(そう、金輸界吸収統合の嵐で消滅した今は亡き富士銀行がジャケットのアレな。こんなところでも時代の移り変わりを感じさせる)のことを当時の日本じゃ誰も知らなかった。「モグワイにはまっている」と言っても「何それ? へぇ、バンドなの、変な名前」ぐらいの反応しかなかったからなぁ。

その後、着々とキャリアを重ねてきた彼らは英国インディーの枠を軽々と飛び越え、世界的なロック・バンドとして確固とした地位を築いた。洋楽ロック・ファンでモグワイを知らない人は少ないんじゃない? 日本でとくに人気が浸透したのは、おそらく度々出演しているフジ・ロックで多くのリスナー&オーディエンスに圧倒的な演奏を見せつけたことが大きいのかな。一度でも生で彼らの轟音を体験すれば、その衝撃と破壊力を忘れることはできないだろう。

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そう、モグワイと言えば誰しもが「静寂⇔轟音」の振幅の激しさを思い浮かべるに違いない。その構図はわかりやすく、理屈抜きに直接神経を刺激する。そこからカタルシスを得ている人も多いはずだ。特に初期の作品ではその手法を多用している。しかし、今作ではあきらかにそれとは違う効果がある。聞いてすぐに気づくのは「モグワイなのにロックっぽくない」ってことだろう。アルバムのジャケット・デザインからしていかにもエレクトロニックなデザインじゃないか! アルバム・タイトルにしても“非ロック”的なものを暗示させる。

サウンド的にはノイジーなギターが荒れ狂う場面があるものの、それよりも目立つのはシンセの響き。と言っても、キーボードやドラム・マシーンを多用してるわけではない。ほとんどがギター・サウンドと生ドラムの合成らしい。楽曲の面ではダイナミズムは乏しく、抑制されたミニマルな機能美と言うか、硬質な構造美と言うか、整然とした美しさがそこにはある。まさにエレクトロニカ/ダンス・ミュージックのような曲。

もうひとつ強烈な印象を与えるのが、本当にカッコいい英国的センス。どういうことかと言うと、あたかも英国の気候に見られるようなどんよりと曇った暗い感触。荒涼とした景色。緊迫感と不穏な空気。同様なモノとして思いついたのがボーズ・オブ・カナダ。その先の原点にはニューオーダージョイ・ディヴィジョンの存在が。さらにまたその先を探れば、たぶんクラウトロックまで行き着くんだろうけど・・・。こうした美意識に基づいた音楽は米国なんかじゃぜったいに、ぜーーーったいに!(二度言います)主流にはなり得ないよね。でも英国では違う。それは言わば英国特有(もっと限定的に言えばスコットランド特有)の美意識とでも言うのだろうか。彼らの原風景がそこに見えるのだろうか。理由はっきりはわからないけど、英国民ってこういう音楽が根っから好きなんだよ。今までのモグワイ作品では必ずしも注目されてこなかったこうした英国人特有の美意識がこのアルバムでは全開だ。その結果がナショナル・チャート・トップ10入りという結果に表れたのだと思う。

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ただ、この特徴が彼らの転向を意味するわけでもない。なぜなら、それはこれまでの作品でも度々試されていたことでもあるからだ。冒頭でオレが「意外」とも「当然」とも言えると書いた意味は、デビュー当時あれほどギター・サウンドとその破壊力を売りにしていたモグワイがここまで変化したのかという意外性と同時に、彼らの変遷をていねいに辿ってみると確かにその兆候が垣間見られるということだ。例えば、初期の作品の中にもビート中心のミニマルなものや、あるいはシンセやヴォコーダーを大幅に導入してエレクトロニカ・サウンドは試していた(って言うよりサウンドで戯れた?)こともある。そもそもバンドの中心人物、スチュアート・ブレイスウェイトはリチャード・ジェイムス(akaエイフェックス・ツイン)が大好きだと昔から公言しているように、エレクトロニカには常に興味を示していた。楽曲に関して言うなら、段階を踏みながら、とくに中期~最近の作品で、あの「どんよりと曇った暗い感触。荒涼とした景色。緊迫感と不穏な空気」に近づいていっている。

実を言うと、オレは轟音ノイズを控えておとなしくなった(ように聞こえた?)中期のモグワイ作品に一抹の寂しさを覚えていた。しかし、おそらく彼らはその裏で上で述べたような美意識の具現化を模索していたのだと思う。彼らは初期に追求したノイズの美しさとは異なるベクトルに向かっていたのだろう。彼らがそうした進化を遂げていたのに、オレは相変わらずデビュー当時の印象でしか彼らのことを捉えられていなかったようだ。しかし、彼らのそうした進化に気づいた今、数あるモグワイ愛聴盤の中でもこの作品は出色の出来と言わざるをえない。

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そんなモグワイの来日公演@六本木エックスシアターを見てきた。上で述べたようにある時期から彼らの音楽にそれほど熱心でなくなっていたオレは、彼らのライヴからも何年も遠のいている。久しぶりの生モグワイ。しかもこの傑作を従えてのライヴ。期待が高まる。

会場には開演時間をちょっと過ぎたくらいに着いた。地上階から地下に降りていく途中で演奏の音が聞こえたので、すでにライヴが始まっていることに気づく。オープニングには間に合わなかったか! 一曲目が何であったかはわからない。最初に耳にしたのは「I’m Jim Morison. I’m Dead」(後でセトリ見たらこの時点で二曲目だった)。人混みをかき分けてステージ前方を目指す。その間に音が素晴らしく良いことに気づく。ちなみに前回ここに来た時(ヨ・ラ・テンゴのコンサート)はまだこのヴェニューが出来てまもなくで、そのせいかどうかわからないけど、とにかく音のバランスが最悪だったのだ。今の彼らのスタイルは轟音一辺倒ではないから、特に念入りに音を組み立ているに違いない。リハーサルできっちりPAを調整したんだろうな。各楽器の音が鮮明に、そして会場全体に吸い込まれるように響いていた。

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アルバムの仕上がりの良さは現在の彼らのライヴ・バンドとしての充実振りにも反映している。刮目すべきはやはり新作からの「Deesh」、「Remurdered」。ロック・バンドが醸し出す混沌としたエネルギーとはひと味違う、端整で堅牢な力強さを感じる。なおかつノイズとメロディとビートが絶妙に溶け合い、そこに英国特有のサウンドスケープが広がる。いやぁ、アルバムでもいいと思ったが、ライヴで聞いてもほんとにカッコいいな。ジワジワと押し寄せてくる高揚感というか迫り来る緊迫感がたまらない。一方で「How To Be A Werewolf」や「Teenage Exorcist」などはダンサブルなノリと高揚感もある。今のモグワイのライヴはダンスフロア的なノリが合うぜ(みんなー、もっともっと踊れ!!)。そして「Mexican Grand Prix」。この曲って、まさにジョイ・ディヴィジョンの「Transmission」みたいじゃない? アンコールには「Mogwai Fear Satan」で大団円。音も良かった、選曲も良かった。素晴らしいライヴだった。

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ふと思う。モグワイは90年代前半にブームを巻き起こしたシューゲイザーの高揚感を現在に甦らせたと。いや、甦らせただけでなく、さらに発展させた稀有なバンドだ。彼らの初期のサウンド、幾重にも重なるギターの轟音がマイブラ(マイ・ブラディー・ヴァレンタイン)やジザメリ(ジーザス&メリー・チェイン)の影響下にあるのは明らかだ。ただ、マイブラにしてもジザメリにしても糸口を掴みながらも、その先まで到達することは出来なかった。

糸口というのは、ジザメリがリズムマシーンを導入してダンス・ミュージックに急接近し、ケヴィン・シールズマイブラ休止期間にエレクトロニクスを用いた実験的作品をいくつか発表していたこと。しかしながら、ギターの呪縛から逃れられなかったのか、彼らの試みは今も実を結んでいない(マイブラの新作には正直失望した)。そうしている間に、ある者はエレクトロニクスを器用に使いこなしてエレクトロ・アコースティック的な作品を作って注目されたりもした(これらもポストロックってひと括りにされてるけど、どこがロックなのかね?)が、すぐにそれも飽きられてしまう。

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そしてその先と言うのは、ノイズ一辺倒ではない豊穣で深遠なサウンドスケープのことである。今のモグワイを見ていると、シューゲイザー達が辿り着けなかった場所、かつてオレを熱狂させたジザメリマイブラが目指した新たな地平を切り開いているように思えて仕方ない。

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